2026年8月 常念山脈縦走


燕岳から大天井岳・穂高連峰を望む
・2026年(令和8年)8月8日(土)〜12日(水) 5日間
・参加者:西(計画担当)、羽田野k(2名)
・主要行程:三股第一駐車場(1287) → 蝶ヶ岳(2677) → 常念岳(2857) →
大天井岳(2922)→ 燕岳 (2763)→ 大天井岳(2922) → 常念乗越(2458) →
一ノ沢 タクシー乗降場所(1178)(山中3泊4日)・テント泊縦走

8月8日〜9日 波乱のスタート
3:30下関をマイカーで出発。
18:00安曇野しゃくなげの湯 東駐車場到着。
今回のメンバーは西さんと私(羽田野)の2名。
この山行には、静かに燃える「リベンジ」の物語があった。
昨年、西さんは燕岳を目指した。しかし中房温泉への道路崩落により計画を断念。
その悔しさを胸に、「今年こそ燕岳へ」と再挑戦を誓った。
復旧した道路を確認し、万全の計画を立てて臨んだ今年。
ところが前泊した8月8日の夜、安曇野は激しい雷雨に包まれた。
翌朝、まさかの知らせが届く。
中房温泉方面の道路が再び土石流で通行止め——
昨年と同じ悪夢が繰り返された。
それでも山行を諦める選択はなかった。
相談の末、燕岳到達後に折り返して一ノ沢へ下山するルートへ変更し、
計画は続行することにした。
「今年こそ燕岳へ」その思いは揺らがなかった。
8月9日(1日目) 三股〜蝶ヶ岳
7:50、しゃくなげの湯近くの駐車場から三股行きバスに乗車。
8:25、三股登山口を出発。
前夜の豪雨が山を冷やしたのか、空気はひんやりと心地よい。 ガスの中を登るうちに、雲が持ち上がり、時折差し込む日差しが森を照らす。 湿った土の匂い、静かな山の息遣いが心を落ち着かせてくれた。
14:00、蝶ヶ岳到着。 展望はガスの中だったが、テントを張り終える頃、雲がゆっくりと裂け始めた。 槍ヶ岳の穂先がちらりと姿を見せ、続いて奥穂高岳、涸沢カールが現れる。
北アルプスの名峰が一つずつ姿を現すたび、歓声が上がった。
夕方、西の空が赤く染まり、「明日の朝は全部見えるだろう」 そんな期待を胸に、
日が暮れるまで景色を眺め続けた。



8月10日(2日目) 蝶ヶ岳〜常念岳〜大天井岳
夜明け前、テントから顔を出すと満天の星。 昨日まで稜線を覆っていた雲は跡形もなく消え、穂高連峰のシルエットが闇の中に浮かんでいた。 御嶽山、乗鞍岳、槍ヶ岳、富士山、南アルプスまで見渡せる、奇跡のような朝だった。



4:57、ご来光。 太陽が水平線から顔を出すと、山々が一斉に赤く染まり、
穂高連峰が炎のように輝いた。
言葉を失うほどの光景だった。
5:45 蝶ヶ岳発
6:03 蝶槍通過。 朝日に照らされた穂高連峰を左手に眺めながら稜線を進む。
常念岳は大きく見えるのに、なかなか近づかない。 アップダウンを繰り返し、ようやく
9:45 常念岳山頂へ到着。
山頂からの展望は圧巻。 歩いてきた稜線、穂高連峰、槍ヶ岳、そしてこれから向かう
大天井岳方面まで、すべてが一望できた。
11:00 常念小屋着。名物の常念うどんで昼食。
12:00、大天井岳へ向けて出発。午後はガスが広がり、稜線は白い世界に包まれた。
15:15 大天荘テント場着。
濃いガスで小屋の位置も分からないほどだったが、夕方になると雲が流れ始め、
空が明るくなった。
そして—— この日最後のハイライトが訪れる。
せっかくの回復を逃すまいと、大天井岳へ登ることにした。
テント場から山頂まではわずか10分。
しかし、その短い道のりが“二日目のクライマックス”となった。
山頂に立つと、先ほどまでのガスが嘘のように視界が開けた。
穂高連峰から槍ヶ岳、歩いてきた常念岳方面、そして翌日に向かう燕岳方面の稜線まで
一望できる。 しかも山頂には誰もいない。 私たち二人だけの貸切状態だった。
歩いてきた道と、これから歩く道が一本の線としてつながり、
「常念山脈を縦走しているのだ」という実感が胸に満ちていく。
燕岳へ続くなだらかな稜線は美しく、 “明日はあそこを歩くんだ”と何度も目でたどった。



夕方にはライチョウの親子が現れ、
続いて200m先の登山道に黒い大きなクマが姿を見せた。
北アルプスの美しさと厳しさ、その両方を感じた忘れられない夕暮れだった。
二日目は、朝のご来光から常念岳の大展望、そして夕方の大天井岳の貸切登頂まで、
まさに「北アルプスの一日を丸ごと味わい尽くした」濃密な一日となった。
8月11日(3日目) 大天荘〜燕岳〜大天荘〜常念乗越
4:50 大天荘発。
薄曇りでご来光は見られなかったが、静かな朝だった。
テントをデポし、身軽な装備で燕岳へ向かう。
中房温泉方面の通行止めの影響か、 普段なら多くの登山者で賑わう表銀座も、この日は静かなものだった。
大下りへ向かう樹林帯に差しかかった時のこと。突然、目の前の木が大きく揺れ始めた。
「熊か!」
昨日の出来事もあり、一瞬で緊張が走る。
しかしよく見ると正体はサルだった。どうやらこちらを威嚇しているようだ。
胸をなで下ろしながら再び歩みを進める。
6:45大下りノ頭を経て、気持ちの良い稜線歩きとなる。
ガスが流れてきたかと思えば青空が広がる。その繰り返しだった。
7:45 燕山荘着。そして目の前に燕岳。

昨年は道路崩落で断念した山が、いま目の前にある。
「西さん、念願の燕岳が目の前だ。よくここまで来たねぇ。」
自然とそんな言葉がこぼれた。
昨年は道路崩落で諦め、今年は復旧を待って計画した。しかし今度は登山前日に土石流によって再び中房温泉方面が通行止めになるという思いがけない展開。
それでも計画を変更しながら、ここまでたどり着いた。
山頂へ向かって歩き出す。
8:17 燕岳山頂着。
到着と同時に空が開け、剱岳、鹿島槍ヶ岳、後立山連峰、裏銀座の山々まで見渡せる
大展望。
白い花崗岩の山頂を二人で独占する贅沢な時間だった。


まず目を引くのは剱岳。その鋭い岩峰は圧倒的な存在感で、思わず見入ってしまう。
さらに鹿島槍ヶ岳や後立山連峰、その向こうには裏銀座の山々までよく見えていた。
山頂からは燕岳らしい花崗岩の景観も楽しむことができた。
名物のイルカ岩、メガネ岩を見学しながら山頂周辺を散策する。





復路は裏銀座の山並みを眺めながら歩いた。 本来なら中房温泉へ下るはずだったが、予定変更のおかげで往路では気付かなかった景色を楽しむことができた。
夜から天気が崩れる予報のため、吹きさらしの大天井泊をやめ、樹林帯が近い常念乗越まで戻ることにした。大天井にデポしたテントを回収し、ガスの中を歩き続け、
15:35 常念乗越着。
常念小屋のスタッフから「今夜は台風が来ますけど、本当にテントでいいですか?」と
念押しされる。
相談の結果、予定どおりテント泊を選択。 ペグを大きな石で補強し、第二テント場の新しいトイレ小屋近くに設営した。更衣スペースもあるため、もし危険な状態になればそこへ避難しようと考えていた。
19:00寝袋に入る。
しばらくすると風が吹き始めた。
深夜、ゴウゴウと風が唸り、激しい雨がテントを叩き続けた。
「ギューゥン」という風切り音がテント上空を吹き抜ける。
それでも地形に守られていたのか、直撃は免れた。
長い台風の夜を、寝たり目覚めたりしながら過ごした。
8月12日(4日目) 常念乗越〜一ノ沢(下山)
6:05 常念乗越発。
台風は抜け、風は弱く小雨。 「今日は無事に下山できそうだ」と胸を撫で下ろす。
電波が無いため、小屋の衛星電話でタクシーを予約してもらう。
一ノ沢も圏外のため、ここが重要ポイント。
一ノ沢は終始沢沿いで、崖上の細い道、渡渉、足場の悪い区間が続く。
少しずつ雨も上がり、気持ちも軽くなる。
10:00 一ノ沢登山口着。
しかしタクシーは2km下の乗り場までしか来られないことが判明。
下っていくと、10m近く道路が完全に崩落しており、言葉を失うほどの光景だった。
復旧工事中で仮設足場の急階段を使って迂回する。
10:40 タクシー乗り場着。無事に下山完了。ほりでーゆ~四季の郷で入浴。
道の駅アルプス安曇野ほりがねの里、梓川SAに立ち寄り、一気に下関へ帰る。
1:30到着。
<終わりに>
今回の縦走は、天候の急変や道路の通行止め、台風接近による不安定な稜線の気象など、
決して順調とは言えない場面が続いた。
それでも、蝶ヶ岳の雲海とご来光、常念岳の大展望、大天井岳の貸切の山頂、
そして念願の燕岳への登頂と、
北アルプスが見せてくれた数々の景色は、その苦労をすべて上回るものだった。
計画変更を重ねながら歩き続けた稜線は、結果として常念山脈の魅力をより深く味わう旅となった。
自然の厳しさと美しさ、静けさと緊張、そして山に立つ喜び。
そのすべてが詰まった濃密な五日間だった。
色んなトラブルはあったが、常念山脈を“普通以上に”満喫できた山行であり、
昨年の悔しさを越えて燕岳へ立つことができたことは、今回の山行の大きな達成となった。

(補足)
駐車していた「安曇野しゃくなげの湯」は、中房温泉の湯を引いているが、
先日の土石流でパイプも寸断され、周辺の温泉地含め休業中。
タクシーの運転手さんによると、
孤立した登山客の救助などで、安曇野市や中房温泉、有明荘の方々が大変なご苦労をされたとのこと。
取り残された車が通行できるのは、まだ先のようだとのこと。
予想以上の豪雨だったと改めて知らされる。
また、熊本の大地震再来から二週間が過ぎましたが、いまだ不安な状況にある方々のことを思うと胸が痛みます。
一日も早い復旧を心より願っております。
私は帰宅が間に合い、十三日の海峡花火を見ることができました。
日常が戻ることのありがたさを感じました。
記録 羽田野k


