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下関山岳会

我々はかく進み実践したい
吾々は山に入り、山に生き、山懐に抱かれることに依つて、常に大きな自然の感化をみのがすことが出来ない。吾々はこれを試練と呼んでいる。
登山道、真理への追及、登山精神の把握等々。
しかし、我々はここではあまり理論めいた言葉は使いたくないのだ。
大自然に生きること、静かに見つめること、そして思索反省すること
ただそれだけでいいのだ。
そこには自ずと育まれる何ものかがあるはずである。
単に登るだけの登山それだけでは娯楽であり、レクリエーションに過ぎない。
尤もこれでいけないと言うのではない。しかしこれだけでは永久に進歩はなく、完備した山岳人とはなり得ない。
山への身なりは努めてつつましく素朴でありたいものだ。服装、山の持ち物など整えれば限りがなく、またその度を越えるとかえってみぐるしいものである。
心つつましければ自ずとその外形にも素朴な美しさが身につくものだ。悪場をこなし得る実力に依って自からを一流の山岳人と誤認してはいけない。ひたむきの闘争精神は登山道に対する真理の追求となり、登山精神の把握となってあらわれねばならない。技術の進歩と共に精神も完壁なものとなって磨かれ、そこに完備した登山家としての素質をそなえなければいけない。
つつましく自からの技を誇らず、清純、謙譲の心を忘れてはいけない。
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